2020/11/23(月)チーム

青山 浩二選手 引退記者会見

11月23日(月・祝)、今シーズン限りで引退を表明した青山 浩二選手の引退会見を行いました。

青山 浩二選手 引退記者会見

青山 浩二選手 挨拶

今シーズンをもちまして引退することになりました。よろしくお願いします。

一問一答

記者:
引退を決めた経緯をお聞かせください。
青山選手:
今シーズンは本当にチームの力になれなかったというのが、一番(の理由)です。
なんとか最後まで力になろうと思っていたのですが、シーズン最後の方でケガをしてしまい、その時に、そろそろ(引退)なのかなと感じました。
記者:
引退を決断したときの心境をお聞かせください。
青山選手:
(引退を)決断するまでは、15年もやっていたので少し時間がかかりましたが、「もう15年もやれた」と思えたら、その時にスパっと(気持ちを)切り替えることができました。
記者:
2019シーズンは自己最多登板(62試合)。まだやれるという悔いはないですか。
青山選手:
「まだやれるか」と聞かれると、ボールは投げれますが、「勝負の世界で通用するか」と言われると、そこは自分でちょっと厳しいかなと思いました。
記者:
プロ生活15年、600試合以上投げられた原動力は何だと思いますか。
青山選手:
やっぱり野球が好きで、ずっとプロ野球選手になりたかったので、それが一番ですかね。
記者:
15年を振り返っての思いをお聞かせください。
青山選手:
あっという間でしたね。いろいろな経験をさせてもらいましたし、本当に最高でした。
記者:
球団創設2年目に入団、ご自身も含めてチームの変わっていく姿を見てどのように感じましたか。
青山選手:
入ったときは、(自分は)がむしゃらで、チームはなかなか勝てない試合が多かったですが、その中で必死な姿を見れましたし、何より温かい人たちが多かったので、良い球団だなと思いました。
記者:
影響を受けた監督やチームメイトはいますか。
青山選手:
まず野村監督に教えていただき、そのあとは星野監督にもお世話になって、野球の厳しさというのを教えていただきました。
やりがいを感じる、良い監督さんたちに出会いました。
記者:
野村監督、星野監督にかけられた印象に残っている言葉を教えてください。
青山選手:
野村監督には、まず顔と名前を覚えてもらえるように、と必死にやっていて、1年目からたくさん試合に出させていただきました。(野村監督から)「野球より俳優のほうが良いんじゃないか」と言われたときは、「あ、名前と顔を覚えてもらえたんだな」と思いました。
星野監督には「稼ぎたくないんか」と言われ、そこで本当の野球選手としてやるべきことというのを教えていただきました。
記者:
15年間を振り返って一番印象に残っている試合を教えてください。
青山選手:
やはり優勝した試合(2013年)です。(田中)将大が最後に投げて、埼玉西武に勝ち(パ・リーグ)優勝した試合。
震災もあって「復興、復興」と言いながらなかなか勝てずにいたので、優勝した瞬間が一番感動しました。
記者:
その優勝した瞬間感じたことをお聞かせください。
青山選手:
ひとつ、区切りじゃないですけど、何かが達成できたなという想いがありました。
チームも(震災)復興の力に、とひとつになっていた中で優勝できたので、野球ができる幸せというのを(選手)みんなが感じました。
記者:
チームには優勝経験者、震災の経験者も少なくなっています。改めて東北への想いをお聞かせください。
青山選手:
大学含めて東北に来て19年目で、地元にいたときより(住んでいる期間が)長くなって愛着もわいていますし、思い出も多いので、この地で最後、(現役生活を)終えることができたことは、嬉しく思っています。
記者:
後輩へ託したい思いはございますか。
青山選手:
意識の高い後輩が多いので、それぞれしっかり自分の長所を伸ばしてほしいです。
私も(後輩に)抜かれないように成績を出してきたつもりなので、一人でも多く、長く(現役を)やってほしいですし、自分の(球団最多試合登板の)記録を抜けるものなら抜いてみろと思います。(笑顔で)
記者:
引退後に挑戦したいことをお聞かせください。
青山選手:
まだ決まっていないのですが、まず野球をしっかり勉強して、(野球を)ちゃんと人に伝えられるようにがんばっていきたいと思います。
記者:
楽天イーグルスのファンの皆さまへメッセージをお願いします。
青山選手:
本当に15年間ありがとうございました。
人としても、野球選手としても、一緒に成長できたと思っています。
これからのことはまだ決まっていませんが、人のために、野球を伝えることができるように頑張っていきますので、これからもよろしくお願いします。

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